文(作成)
□狐狗狸
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序段
放課後、その教室で、彼は一人彼女を待っていた。
夕日の射す窓から外を見下ろせば、続々と帰路に就く生徒たちの姿が見える。遠くの喧噪が、この静かな教室――生徒会室に、細く届いていた。
夏が終わってすぐ、生徒会の引継も済み、部活も引退した。種々の責任を果たし、彼はホッと一息をついたところである。これからは大学進学に向けて、勉強にだけ集中することが出来る。
――そう。後は、これだけ。
思って、彼は手元に視線を落とす。
キュッキュッと、リノリウムの床が鳴る音。彼は、はっとして振り返った。
軽く、規則正しい足音が、徐々に近づいてくる。
やがてそれは扉の前で止まり、変わりに軽いノックと、涼やかな声が響いた。
「失礼します」
そう言って入ってきた彼女――東雲美沙緒を、彼は笑顔で迎えた。
「やー。呼び立てて悪かったね、東雲さん」
彼女はやんわりと微笑む。
「いいえ、問題ないです。お呼びとあれば……もしかして、生徒会のことでしょうか?」
この生真面目な女生徒が、今年度後期の生徒会長。つまり、自分の後続である。
容姿端麗、成績優秀、生活態度は優等生そのものと、自分などよりよっぽど優秀な生徒だと彼は思う。少々真面目すぎるきらいがあるが、何より彼女には人望、カリスマ性がある。生徒会選挙の時も、彼は間違いなく彼女が当選するだろうと踏んでいた。
実際、その通りだった。
「まあ、そうなんだよね。ちょっと、渡したいものがあってさ」
手に持った、古びたファイルを掲げてみせる。
「あら?まだ、受け取っていないファイルがあったんですね」
「いや、これはね。代々、会長から次の会長に、秘密裏に渡されてきたものなんだ。ちょっと、特殊な資料だからさ。他の事務的な資料とごっちゃにするのはマズいらしくてね」
はい、とそれを彼女に渡す。
怪訝そうにそれを捲る彼女の目が、小さな驚きに染まっていった。
「一ノ蔵高校裏ファイルっていってね。何が裏かって言われると、ちょっと困るんだけど。見ての通り、かなり変な資料だからね。あんまり公にしちゃいけないって意味だと思う」
淡々と説明する。
「そんなバカな、って思うかも知れないけど。ほんとに、代々伝わってるものなんだな、それ。伝統って言うか……なんというか」
彼女は、黙ってファイルを読んでいる。
「信じなくてもいい。受け取って、忘れてしまってもいい。でも、必ず次の代の会長に、これを渡して欲しい。……って、俺も言われたんだ。まあ、どうするかは、現会長の東雲さんの勝手なんだけど。なんなら、そこの棚に突っ込んだままでもいいと思うよ、俺は」
――だってそんなこと、あるはずないだろ。
「馬鹿馬鹿しいよな。……怪談なんて」
パタン。
彼女はファイルを閉じ、小脇に抱える。
「確かに、受け取りました。……お任せ下さい」
そして、橙色の陽射しの中で、最高に優美な笑顔を浮かべた。
「これ、得意分野なんです」